厨房男

こどもの頃に欠乏していた食の体験を取り戻そうとする厨房男の喰う・呑む・つくる・・・のはなし

「食べること 考えること」

2017-04-15.jpg著者が語ります。「食べものは、祈りにも似た物語がなければ美味しく食べられないという事実。わたしたちは「食べもの」という幻想を食べて生きている ただ、やっかいなのは、幻想であるがゆえに物語が肥大化することだ。」と。
で、冒頭には、それにまつわるエピソードが語られてるんですが、それは省略。だって、祈りにも似た物語がないと、いかに美味しく食べられないかっていうことを表すエピソードですから。

著者の藤原辰史さんは農業経済学者。2013年、「ナチスのキッチン」で第一回河合隼雄学芸賞を受賞。この本「食べること 考えること」はそれに続く著作で、農業思想史・農業技術史の視点から、エネルギーや生命倫理、生活文化など、「食」をめぐる洞察が集められてる。

ただ、ぼくはこの前作「ナチスのキッチン」を読んでないもんですから、どんな作品かは想像するしかないんやけども、ちょうどこの本「食べること 考えること」の中で、31歳で夭折した画家、石田徹也さんの「燃料補給のような食事」という絵を引き合いに出して、こんなふうに説明してる。

「オレンジ色のエプロンを着た同じ顔で無表情の三人の店員が、黒いスーツに身を包んでカウンター席に座っている三人のサラリーマンの口に、ガソリンスタンドの給油ノズルをつっこんでいる。氷のように冷たい絵だ。この絵が切り取った現代の食の特徴はふたつ。「食べるひと」の機械化と、「食べるもの」の液状化である。家政学や栄養学が消化によいものを求めるあまり、料理から歯ごたえを奪っていった事実は、拙著でも紹介した。チェーン店の牛丼屋やハンバーガー屋は、見方によっては、こうした「機械化」と「液状化」という恐怖体験の娯楽施設でもある。拙著で描こうとしたことは、食事の、まさに「給油化」の過程だったのかもしれない。台所が小さな「工場」となり、食の技法が化学反応過程になる、そんな歴史である。」と。

で、著者は言います。「このあり方に、近現代人が求めてきた食の機能主義の究極的な姿を認めざるをえない。どちらも、人間ではなくシステムを優先し、どちらも、「食べること」という人類の基本的な文化行為をかぎりなく「栄養摂取」に近づけているのだ。」と。

さらに、「食べる時間を削って仕事に充ててきた日本の猛烈サラリーマンたちの行き着いた先が、「瞬間チャージ」が謳われる栄養機能食品であったことは、無数のドラッグストアやコンビニェンスストアが証言してくれるだろう。葉緑体を体内に埋め込み、太陽光でブドウ糖を生産する技術が開発され、台所と食事を廃棄する日もそう遠くはないのだろう。」とも。

著者は本書が「「複製技術時代」に人びとが生きものを食べたり育てたりする行為が、どのような変化を遂げ、どのような可能性を持っているかについての論考をまとめたもの」って書いてるんですが、これでは可能性ではなくて危険性を持っているかっていうことではないかな。

最後に著者は言います。「みんなで一緒に作って、食べて、片づけることは、実に楽しく、美しい。その時間を惜しんで成長に邁進する社会こそが【再暗黒】」だと。
そのとおりだと思う。そのとおりだとは思うんですが、もうちょっと祈りにも似た物語を交えて書いてほしかったなぁ。


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「ヒカルの卵」

2017-03-16.jpgきのうは月の中日っていうのをすっかり忘れてまして、きょうはそのかわりに。
中日はいつも料理そのものは一休みして、料理に関連する本のことを書いてる。
まあ、ひとくちに料理に関連って言ってもレシピ本からグルメレポートまでいろいろあるんですけど、今月は小説、「ヒカルの卵」。

あらすじはこう。山間の集落で養鶏場を営むムーさんが、村おこしのために「卵かけごはん専門店」を開くと決意した。あまりにも無謀な計画に唖然とする村人をどんどんと巻き込んで、いつしかハッピーエンドで終わるっていう、そんなストーリー。

いろいろな人が登場します。
もちろん主人公のムーさん。村田二郎っていう本名からムーさんって呼ばれてるんではなくて、単にムーミンに似た風貌だからっていう設定なんですが、この設定でほぼキャラのイメージができあがってる。
あとは親友の大吉や同級生の出戻り娘、直ちゃん。こうした面々がムーさんを中心にいろんなストーリーを編んでいく。

で、物語はそれぞれの登場人物の視点から語られる。
正直に言って、あんまり人物の書き分けがうまくいってるとは言い難いんですが、それでもテンポの速い展開が、そうしたところを置いてけぼりにして読み進ませるリズムを生んでる。

だから、ストーリーに盛り込まれたいろんなエピソードもラフなデッサンのようなできあがりなんですが、きっとこんなのをいちいち書き込んでいったらこんなテンポが生まれなかったんでしょうねぇ。まあ、そういう計算なんでしょうが。

そうそう、もうひとつ大事なのが卵。
卵かけごはん専門店を興すわけですから、そりゃもうウンチクたっぷり。
こだわって手塩にかけた卵だから魅力を放つわけなんですが、それ以外にも醤油にも、ごはんにもウンチクがたっぷり。

で、ウンチクたっぷりだから、飽食の世で山間に人々を誘うことができるわけ。
兵庫にはそのモデルとなったお店があるそうで、いつか近くに出かけた折には実際に寄ってみたいなぁ。

最後に、主人公のなくなったおとうさんのことば、「いつだって雄鶏みてえに胸張って、顔をいまより5度上に向けて歩けぇ」っていうの。これがイイ。この一文だけでこの本を読んでよかったと思う。ぜひ、今よりも5度上を向いて行きたいねぇ。


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「飲食男女」

2017-02-15.jpg2月も半ばまで来ましたので、ちょっと本の話でも。
先月が雑誌ブルータスの「帰ってきた! 日本一の「お取り寄せ」グランプリ。」なんていうのを取り上げたし、その前は去年の本のまとめの話をしたので、単純に本を取り上げるのは3か月ぶりってことになりますかね。
で、その久しぶりの本は久世光彦著「飲食男女」。

「飲食男女」って書いて「おんじきなんにょ」って読むんだそう。
「おいしい女たち」っていう意味深な副題がついてる。まあ、内容はその副題のとおりではあるんですが、そうではあるんですが、それだけと言ってしまえば身も蓋もない。
たしかに艶っぽい内容ではあるんですが、その艶っぽさがさらりと流れる。吉行淳之介さんとまでとはいかないまでも、なんだかそんなふう。

で、氏が言うには、「女を喩えるのに、いろんな言い方がある。花で言えば、《道端の名もない花に似た》とか、《儚げな梔子みたいな》・・・と喩えたりする。けれど、こうした表現にぼくたちは飽きてしまった。でも、やっぱり、女に喩えは必要なのだ」と。

さらに、氏が言います。「気がついたのは、《女》を喩える言葉は数限りなくあるが、ある食べ物や飲物の《味》に喩えた表現がほとんどない・・・これは意外に盲点かもしれない。」と。
 
唇の形や目の潤み、肢の下から背中へかけての曲線や足指の裏側の窪み、幸福に酔って束の間弛緩する肌も、怨みがましい性情も――女というものは、それらをみんなひっくるめて、つまりは《味》なのではなかろうか。いまは遠くなってしまった《女》をふと思い出すとき、男たちにまず蘇るのは、見開いた目でもなく、糸を引く喘ぎ声でもなく、白い内腿の火照りでもなく、もちろん涙の粒でもなく――それは、女の《味》である。

 ・・・いま少し苦みがなかったら、あのとき別れることにはならなかったかもしれない。ゆうべの甘さの名残りが、明くる朝まで口に残っていてくれたら、あんな言葉で傷つけはしなかったろう。――大方は男の身勝手に違いない。しかし――やっぱり女は《味》である。

・・・・・
ちょっと引用が過ぎたかもしれませんけど、本の後半にある一節。このあたりがいちばんキモのところではないんかな。
まあ、氏自身がそんな解説をしてくれてるところもそうですし、上の内容のとおり、結構きわどい書き方をしてるところもあるんですが、それが不思議とさらりと流れる。それが19篇。それぞれが残り少ないキャンディを愛でるように、じっくりと味わうように読める。

ただ、惜しむらくは、それが昭和なノスタルジ―のもとに書かれてるってこと。だれか現代風にリメイクしてくれへんかなぁ。


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帰ってきた! 日本一の「お取り寄せ」グランプリ。

2017-01-15.jpgご存じのとおり、月の中日に本を紹介してます。
たいていは新書、たまに文庫本も紹介してるんですが、雑誌を取り上げるっていうのはあんまり記憶にない。
ですが、まあ、今回は異例ながら。

ここ何十年来、このブルータスっていう雑誌を買い続けてます。
もう、ほぼ創刊以来って言ってもいいくらい。
この雑誌、以前にもワインの特集や、イタリア料理の特集など、取り上げるチャンスはいっぱいあったんですけど、今回は敢えて。

で、今回のは表紙に書いてあるとおり、「帰ってきた! 日本一の「お取り寄せ」グランプリ。」。松任谷正隆・秋元康・酒井順子・佐藤可士和といった著名な4人の審査員が、16ジャンル192品をすべて試食し、グランプリを決定・・・という話。まあ、よくある企画といえばよくある企画。

でもって、敢えて今回取り上げたのは、その結果にちょっと異論があったからっていう単純な理由。

まずはギョウザのグランプリに輝いた「ぎょうざの丸岡」。
おいしいです。とっても。
でも、グランプリっていうと、ちょっとどうかなぁって違和感を持ってしまう。
でもでも、これが秋元康さん、佐藤可士和さんにえらく受けてる。

同じように、「たねやのオリーブ大福」も。
斬新です。「オリーブオイルで知る、大福の新しい旨さ」なんて言われると、なるほどとも。
でも、これがグランプリっていうのはどうよって。

それから、後半の「最強のトーストを探せ」っていうのも。
トーストはやっぱり焼きたてが一番だと思う。
だから、お取り寄せっていうのは少なくとも1日は経過しているわけで、そういう意味で最強も最強でなくなると思う。

まあ、ぼくは割とこの雑誌の書いてることについて、半ば盲信にも近い信仰があったんですけど、今回ばかりはちょっとなぁ。
なまじっか食べてないその他のやつのほうが想像力が湧くなぁってことで。


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本のまとめ 2016 今年は8冊

今月も付きの半ばまで来ましたんで本のはなしを。
で、今更ながら12月。年末なもんで、ことしの本のまとめを。
2016-12-15 001.jpg
1月「男のハンバーグ道」
3月「家めしの王道」
4月「帰ってから、お腹がすいてもいいようにと思ったのだ。」
5月「エコノミストの昼ごはん コーエン教授のグルメ経済学」
6月「このレシピがすごい! 伝説の名レシピを読み解く」
7月「ジヴェルニーの食卓」
8月「それからはスープのことだけを考えて暮らした」
9月「人間は料理をする(上)」

今年紹介したのは8冊。今月を除くと3か月は本を紹介できなかった。
このあたりは来年に向けての反省材料として、とにかく今年紹介したのは上の8冊。
もちろん食べ物関係の本に限定しても、この倍は読んでるんですが、やっぱり取り上げるとなると自分の気に入った本しか上げたくないもんなので。
で、以上の8冊、傾向としては「レシピ」、「思想」、「小説」の3種類に分類できるかなぁ。
レシピでいうと、1月の「男のハンバーグ道」と4月の「帰ってから、お腹がすいてもいいようにと思ったのだ。」、それに6月の「このレシピがすごい! 伝説の名レシピを読み解く」。いずれもレシピと言いながらも、なかなかの読みごたえ。とくに土屋敦さんにはここ最近ハマってる。
それから思想。3月の「家めしの王道」、5月の「エコノミストの昼ごはん コーエン教授のグルメ経済学」、それに9月の「人間は料理をする(上)」。それぞれ、リンボウ先生に、コーエン教授、それにフードジャーナリストのマイケル・ポーラン氏。
ちなみに9月の「人間は料理をする」は、下巻も読んだんですが、まだ紹介できてないんで、これはまた来年。
で、最後が小説。7月の「ジヴェルニーの食卓」と8月の「それからはスープのことだけを考えて暮らした」。

毎年、この1冊っていうのを選ぶのに難儀するんですけど、ことしはほんと苦労した。
それで種類に分けたんですけど、それでも各ジャンルでどれにしようかなと。
でもまあ、レシピでは、「このレシピがすごい! 伝説の名レシピを読み解く」。
レシピのクオリティもさることながら、そのレシピをどのように解釈するかっていう視点には、目からうろこがボロボロこぼれたっていう次第。
それから、思想では、「エコノミストの昼ごはん コーエン教授のグルメ経済学」かな。
これはもう同着と言っていいほどですが、コーエン教授とは、歳も変わらないようですし、10年近く、日々の食べ歩きをブログに掲載してるっていう点も共通してる(レベルはきっと段違いなんでしょうが)っていう点で非常に親近感を覚えるんで。
で、最後のは小説というと、これまた甲乙つけがたい。以前のぼくならきっと7月の「ジヴェルニーの食卓」を選んだでしょうが、ここはやっぱり、8月の「それからはスープのことだけを考えて暮らした」を推してみよう。

というわけで、ことしは「このレシピがすごい! 伝説の名レシピを読み解く」と「エコノミストの昼ごはん コーエン教授のグルメ経済学」、それに「それからはスープのことだけを考えて暮らした」。共通するのは題名がどれもやけに長ったらしいってこと。まあ、それはあんまり関係ないけどね。

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「人間は料理をする(上)」

2016-09-15 000.jpg今月はもう中日も過ぎてしまいましたが、本の話を。

人間は料理をするっていうのは、なんていうか至極アタリマエのことなんですけども、こういう至極アタリマエな規定っていうのはアタリマエゆえにそれを語ろうとすれば膨大な知識や情報が必要となる。
そんなアタリマエのことにアメリカきってのフードジャーナリスト、マイケル・ポーランが挑んだ渾身の一作がこの「人間は料理をする」。
上下巻2冊で古代の四大元素である「火」(バーベキュー)、「水」(煮込み料理)、「空気」(パン)、「土」(発酵食品)について、それぞれの料理のオーソリティーに学び、実際の体験に根差した思考と膨大な知見を織り交ぜながら仮説が展開される。
もっとも、まだ上巻しか読んでないんで、その行く末は見定めてないんですけど、きょうのところは上巻の話だけ。
で、上巻は序章から「火」(バーベキュー)と「水」(煮込み料理)なんですが、やっぱりインパクトはバーベキュー。
数か月前に読んだ「エコノミストの昼ごはん」で、タイラー・コーエン教授がわざわざ1章を設けてアメリカのバーベキューのことを延々と語ってたんで、へぇ〜コーエン教授ってBBQラブなんやなぁって思ってたら、こちらはなんと1冊の半分以上を割いてバーベキューのことを語ってた。ポーラン先生、バーベキューのプロ「ピットマスター」に弟子入りし、豚の丸焼きに挑戦するんですが、バーベキュー原理主義に則り、じっくり時間をかけて、「生きた」オークとヒッコリーのチップで焼いたものは、ポーラン先生の人生を一変させたそうですから。
とまあ、恐るべきはアメリカ人のBBQラブでアリマス。
もちろん、ここでいうバーベキューはぼくらがアタマに描くアウトドアで気軽に肉を焼くあのバーベキューとは全然レベルが違う。
もっともバーベキューはアメリカの州ごとに様々に発展の道を歩んでおり、それぞれがその正当性を主張してるんだそうで、アメリカには「初めて会う人との話題に選んではいけないもの。それは政治、宗教、そしてバーベキューだ」というジョークまであるようで。
というわけでバーベキュー、なかなかひとくちでは言い表せないんですが、基本的には肉(大部分は豚)をオソロシク時間をかけて低温でじっくりと焼くというもの。遡れば生の肉を「火」で焼いて食べるっていう始原的な行為なんですが、それが料理の原点なわけで、バーベキューはまさにこの行為が直線的な進化を遂げたものと言えるのではないでしょうかね。
で、この「火」を使うことによって、人類は料理によって食物を消化吸収するために必要な時間から解放され、時間とエネルギーをほかの目的に使えるようになり、その結果人類の飛躍的な進歩がもたらされたっていうのがポーラン先生の展開する仮説。
ポーラン先生の考えが正しければ、ギリシア神話でゼウスの反対を押し切り、天界の「火」を盗んで人類に与えたプロメテウスがもたらした恩恵は、こんなふうにまで波及したわけなんですが、そんな高説よりも実際の料理を体験するくだりや、巻末のレシピの方に興味が向くのは、きっとぼくだけではないと思うんですが。ああ、それにしてもホンモノのバーベキュー、食ってみたいなぁ。


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「それからはスープのことだけを考えて暮らした」

2016-08-15.jpgこの本のことをどこで知ったか、残念ながら覚えてない。
けども、その題名にちょっと惹かれてさっそく図書館に予約した、「それからはスープのことだけを考えて暮らした」。

作者は吉田篤弘さん。
そういえばっていうんで調べてみたら、過去にあった。「つむじ風食堂の夜」。
5年前の4月、紀伊国屋の店先で見つけた本。
で、今回の「それからはスープのことだけを考えて暮らした」は、「つむじ風食堂の夜」とともに月舟町っていう架空の町を舞台にした月船町三部作と呼ばれているんだそう。

で、そのストーリィ。
新しい街に引っ越してきたオーリィ君。ひょんなことからトロワっていうサンドイッチ屋で働き始めることに。そこでサンドイッチに合うオリジナルのスープ「名前のないスープ」をつくるのに苦心するっていう筋立て。アパートの大家のマダム、「トロワ」の店主の安藤さんと息子のリツくん、隣町の映画館「月舟シネマ」やそこでめぐり合う緑の帽子の老婦人。そんな人々が織りなすゆるりとしたスープのような物語。

そのスープ、巻末のレシピがなかなかイイ(といっても、それをそのとおりつくればいいっていうようなレシピではないんやけども・・・)。

それからもうひとつ気になるのが、安藤さんのつくるじゃがいものサラダのサンドウィッチ。じゃがいものサラダより数段まろやかな甘みがあって、しいて言えば、本物の栗を練ってつくられたモンブラン・ケーキのクリーム・・・いや、あれほど甘くなく、もっと歯応えがあるっていうの。どんなんやろかと考えてみた。
きっとじゃがいもはインカのめざめ。それを砂糖を少し加えたお湯で茹で、裏ごしをしてバターとミルクを加えたマッシュポテトがベース。
パンはこのあいだ閉店したルヴァン・ルヴュールのホテル食パンみたいなほわほわなやつ。そんな感じやないかなぁ。

ただ、そんなゆるりとしたスープのような物語に、今回無理やり押し込まれてるのが携帯電話。
それに違和感を感じるのはぼくだけかなぁ。
作者の吉田さん、どんな意図があってケータイを物語に押し込めたんやろか。
まあ、そのあたりの違和感は、三分作全部を読み通すと見えてくるかもしれません。
でも、3作目はいったいどんなんやろう。今だわかりませんが。


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「ジヴェルニーの食卓」

2016-07-15.jpg予約した本が届いてるっていうので、娘と図書館へ行って本を受け取り、そのまま館内をぶらぶら。
以前にも書いたように、ぼくはどうも食卓とか食堂とかいうことばに反応するようでして、この日も一冊題名に惹かれて書架から手に取ると、表紙が朦朧とした睡蓮の咲く水面の絵。そう、クロード・モネの描く睡蓮。で、ちょっと気になったんで、ついでに借りてきた、原田マハさんの「ジヴェルニーの食卓」。

モネは好きです。
で、題名にあるジヴェルニーっていうのはそのモネが暮らしたノルマンディー地方の小村なんだそう。
物語は晩年の頃。ずっとモネの世話をしてきた義理の娘、ブランシュを通して美しい庭のあるジヴェルニーでのモネの暮らしが語られています。
で、大きな位置を占めるのが、物語中でモネが描き進めている睡蓮の池を描いた連作。
マハさんの文章をちょっと引用させてもらうと、「ひとつの作品は、真昼の池。鏡のように青く澄み渡り、さかさまの白い雲を映して静まり返る水面。ところどころにぽつぽつと浮かぶ睡蓮は、空のただなかに花開き、かすかに呼吸しているかのようだ。もうひとつは、二本のしだれ柳が並ぶ池のほとり。ごくささやかな風が、長く伸びた柳の枝葉を揺らして、いましも通り過ぎていくようだ。睡蓮の花々も、微風を受けようと可憐な白い顔を上げている。湿気を帯びたやわらかな空気と水の匂い。漣の上でぴちぴちとはねる光。遠く草原を渡って、たったいまこの池にたどりついた六月の風。」。
さらに引用させていただくと、「クレマンソーは、池の底に沈んだ鯉が水面に浮かび上がってきた瞬間のように、ごく無意識に上を向いて、ひとつ、息をついた。自分と同じだ、とブランシュは思った。このアトリエに足を踏み入れると、あんなふうに呼吸を繋ぎたくなる。たちまち池に棲む魚かアメンボウのような気分になってしまうのだ。モネの描いた睡蓮の絵に囲まれるというのは、そういうことだった。自然を忠実に写しとった作品を鑑賞する、という生易しいものではない。モネという画家の、感性の泉の真ん中に飛びこむことにほかならないのだ。」

あれ、こんな経験ってどこかで・・・
思い出した。むかし、仕事でパリに行ったときに、その合間を見つけて行ったオランジュリー美術館で見たあの連作。天窓から柔らかい自然光が射し、楕円形の壁一面に並ぶ連作を真ん中に据えられたベンチに座って眺めていると、思わずこんな気分になったような・・・。
そう思うと、途端にこの小説と距離が縮んだように思います。
物語は、長年の友人でもある元首相クレマンソーと、この連作をめぐっての交流がさまざまな回想を挟んで進んでいく。そして折々に描かれる食卓のメニュウ。

本作は史実に基づいたフィクションとあります。とはいえ、波乱万丈のストーリィが用意されてるわけでもない。
でも、この小説、そんなドキドキする展開はないんですけど、ちょっとゆっくりと読み進めたい。この表題作以外にもマティス、ドガ、セザンヌを巡る作品が収録されてるんでね。さらにこの本以外にも、ちょっと渉猟してみようかなぁ、この人の作品。


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「このレシピがすごい! 伝説の名レシピを読み解く」

2016-06-14.jpg今月も半ばにさしかかったんで一休み、本のことなど。

月に1冊ずつでも10年もやってるとけっこうな数の本を読んでるもんで、今回で104冊目。
むろん実際にはその何倍もの本を読んでるわけで、ちょっと考えてみたんですけど、仮に3倍と仮定すると300冊強。
でもこの本の著者、土屋敦さん、料理研究家であり、また書評家でもあるわけで、この本をつくるのに拠り所にした「記憶のデータベース」はハンパない。なんと三千冊分ぐらいっていう話。
で、その中から選りすぐりのレシピっていうことで、どんなうまいレシピが出てくるんやろうとページを開くとちょっと違う。
でも、読み進めるとジブンのその考えがいかに浅はかだったかということに気づかされる。まさにすごいレシピ。

料理のレシピは基本的に「著作権の保護の対象にはならない」とされてる。 著作物として保護の対象となるためには「思想や感情を創作的に表現したもの」でなければならないんだそう。
でも、ここに載ってる伝説の名レシピ、単に材料や調理方法などを表したレシピにとどまらず、「思想や感情を創作的に表現したもの」、いやいやもっと突き抜けた何かであることを解き明かしてくれるわけ。

フランスの名女優サラ・ベルナールは、レストランでメニューを読み上げただけで、居合わせた客を感涙させたんだとか。この人、土屋敦さんはレシピを読み解いて、その背後にあるものや時代を切り開いた切れ味を解き明かしてくれる。それはある種思いもよらぬ感動に近い。

なかでも、たなかれいこさんの、美味であることに向き合うリアルな自然志向「蓮根のはさみ揚げ」とか、奥薗壽子さんの、黒豆レシピの歴史を更新する画期的な逸品「黒豆」とか、思わず控えておいて今度しっかりとつくってみようという気になってきてる。
殊に黒豆、ちょっと楽しみやわぁ。


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「エコノミストの昼ごはん コーエン教授のグルメ経済学」

2016-05-15.jpgタイラー・コーエンは著名な経済学者で、英『エコノミスト』誌で2011年に「財界で最も影響力のある経済学者」にも選ばれている。
このコーエン先生、食通としても有名で、食と経済学が人生と職業における主要な関心事の二つと言って憚らない。
で、コーエン先生がその二つを一緒に論じてみようと試みたのがこの本、「エコノミストの昼ごはん」。
原題は「エブリデイ・フーディー」。直訳すれば「日常グルメ」。日本版の副題は「コーエン教授のグルメ経済学」となってるんですが、要は、いかに安くてうまい食事にありつけるかっていう話。
もちろん、そこは経済学者ですから、食の安全問題や環境問題、飢餓問題、遺伝子組み換え食品問題など、けっこうハードな話題も混ざってる。いかに安くてうまい食事にありつけるかっていう話に絡めて、価格設定のカラクリやアグリビジネス、エコロジーに至るまで、硬軟取り混ぜ、縦横無尽に話を展開して行くワケ。
でも、いちばんの本領は、運悪く不味い中華料理店に入ってしまった場合の対応のくだりやないかなぁ。
アメリカ人はたいてい中華料理店でひどい目にあった経験があるようでして、それでもなお、空腹時に目の前の中華料理店に入らなければ、立ち往生することになってしまうっていうシチュエーション。
で、もしかしたら、それなりに本場っぽくて美味しいかもしれないと思い、店内を覗くと中国人の店員が居るわけ。で、きっと故郷の味を台無しにするようなことはないだろうと考える。
かくして、またひどい目に遭うっていう結末なんですが、そこでコーエン先生の考え方。それは、「努力次第で、どんな中華料理屋でも名店に変えられるチャンスがある」というもの。
で、その1、まずは中国人コックと話をして、自分の存在をアピールする。「麻婆豆腐、あなたが自分で食べるのと同じものを」。時折、ダメ元で「本当の中華料理」「家庭風」「四川風」「辛口の」というような表現も混ぜてみる。自分が本当の中国料理に多少は詳しいという合図を送るっていうわけ。
それから、その2、メニューの選び方。メニューには豆腐が載っていたものの、そこでは中国人以外の客が「麻婆豆腐」という言葉を口にはしないと推察してたそうで、それに、ひどい食材を使っていても、豆腐ばかりはどうにもならないのではないかという推理をもとに麻婆豆腐を選択したんだそう。
かくして麻婆豆腐を注文し、出来上がった麻婆豆腐は、実際、かなり美味しかったというわけ。
ただ、コーエン先生、事実誤認はいくつかある。
まず、「豆腐というのは四角い物体で、何週間も冷蔵庫で保存できる。」とあるんですが、いくら長期保存の豆腐でも、特殊な長期保存のものを除くと何週間も保存は効かないんやないかなぁ。
それに、「挽肉は薄切り肉に比べて、ひどい扱いをしたり質が悪かったりしても味が落ちづらい。」とあるんですが、そこも違うと言いたい。もっとも、「肉自体よりもソースとスパイスによって味が決まる。」っていうのは正しいかもしれませんけど。
そんなふうに指摘はいろいろあるんですが、コーエン先生には非常に親近感を覚えるんです。1962年生まれってことで歳も変わらないようですし、10年近く、日々の食べ歩きをブログに掲載してるっていう点も共通してる(レベルはきっと段違いなんでしょうが)。
さらに「日本語版序文」では、「私の夢のひとつは、大阪にじっくり滞在することです。この夢は、数年以内に実現したいと思っています。」と書いてたりする。序文の最後には、「この本について何かご意見があれば、どうぞ遠慮なく私のメールアドレスをグーグルで検索して、ご一報ください。」とも書いてる。
電子メールは、tcowen@gmu.edu。調べると公開してる。
こりゃ、さっきの意見とともに、大阪滞在の際にはぜひご一報ください、とでも書いて送りつけようかなぁ。


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