厨房男

こどもの頃に欠乏していた食の体験を取り戻そうとする厨房男の喰う・呑む・つくる・・・のはなし

「新しい料理の教科書」

2020-05-15.jpg月の中日は本のことをいつも書いてる。

で、GWは読書っていう人が多かったと思うんだけど、ぼくはというと、ずっと料理や片づけをしてたんで、いつもにもまして本を繙くっていう暇がなくて、さあ困ったなぁと。

 

でも、そういえば、先々月、樋口直哉さんの著書、「新しい料理の教科書」を取り上げようと予定してたんだけど、BRUTUSの特集、「キッチン」があまりにもおもしろかったもんだから、そっちに変更してしまったってことがあったっけ。

 

と、そういうわけで、こんどこそ、樋口直哉さんの「新しい料理の教科書」を。

 

ことしのはじめにも書いたように、ことしはいわゆる料理本を多く取り上げたいと思ってて、映画評論家の三浦哲哉さんが著した料理本批評の「食べたくなる本」っていうのを取り上げたんだけど、その視点をぜひ導入したいって思わせたのがこの本、「新しい料理の教科書」。

 

あらためて、著者の樋口直哉さんは料理人でもあり小説家でもあるという二足の草鞋を履いた人。つまりは料理が得意な小説家でもなければ、文章がうまい料理人でもない、どちらも玄人はだしではなくて、まんま玄人なわけ。

 

この人の文章に初めて触れたのは、昨年の6月に紹介した「おいしいものには理由がある」で。そのときも書いたけど、題名もけっこうベタなんだけど、中身はすぐれた食のルポルタージュだったわけで、以来この人の書いた文章なんかを意識するようになったわけ。

 

で、今回の「新しい料理の教科書」。あいかわらず題名も、そして装丁もけっこうベタなんだけど、随所にオヤッて思わせるチカラがある。

いろんな料理科学的アプローチから理にかなったレシピが取り上げられている。例えば、オムレツは塩を加えて15分置くとか、ハンバーグは生のたまねぎを入れるとか・・・

 

むろん、こうした料理科学、調理科学的な視点っていうのはこの人だけが開発したものではなくて、いろんな料理人が試行錯誤の上で辿り着いた集合知なんだけど、それらをこういうふうにぼくらの蒙を啓いてくれるっていうのは、やっぱり「へぇ〜」ってなるよね。

 

まあ、そうした調理科学っていうアプローチっていうのは、海外でもいろんな文献があって、ことしはそうしたのを中心に読みつないでいきたいって思ってるわけ。

まあ、それが実際の料理に生かされて、おいしいのができるかどうか、っていうのは、また、別の話なんだけど・・・

 

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「食の思想」

2020-04-15.jpg凡そ思想などというものは、哲学や批評なんかと同様に、いささか小難しい観念の世界にどっぷり浸かるようなイメージがあるんだけど、それをかの小林カツ代さんが著してるっていうんで、いったいどんな中身に仕上がってるのか、ちょっと興味を惹かれて手に取ってみた。

 

小林カツ代さん。

言わずと知れた料理研究家の第一人者。

同じく料理研究家のケンタロウのお母さん。

「料理の鉄人」で鉄人、陳建一に勝利した料理研究家・・・

・・・こんなふうに書くよりも、やっぱりいつも書いてる「鶏の唐揚げと栗ごはん」のエピソードを紹介するほうが性に合ってる。

今更ながら、あらためて書くと、カツ代さんが鶏の唐揚げと栗ごはんが抜群の相性なのを発見したのは、なんと娘をお産した日なんだそう。陣痛がかなり強くなってきたところに届いた昼食。見れば鶏の唐揚げと栗ごはん。陣痛でどうにかなりそうなのに身体をよじりつつ、唐揚げを一口かじり、なお足踏みしながら栗ごはんも一口。なんと、鶏の唐揚げの香ばしさが残る舌に栗ごはんは絶妙の相性だったんだそう。

 

おいしいものを発見するっていうのは、新しい天体を見つけるよりも人に幸せをもたらす・・・なんて言ったのはブリア・ サバランだったか開高健だったか。それはともかく、おいしいものとものとのマリアージュを発見するっていうのもまた、それに匹敵するような功績だと言っていい。

だから小林カツ代さん、わが家では、鶏の唐揚げと栗ごはんは絶妙の相性ということを発見するという偉業を成し遂げた方って紹介すると、家人から「へぇ〜」ってリスペクトの声が届きそう。

 

さて、あまりにも前置きが長くなってしまったんだけど、カツ代さんの食の思想。小難しいことなんかまったくなくて、なんだか肩透かしを食らったような気分なんだけど、そういえば題の横に小さく日常茶飯って書いてある。

カツ代さんは思想を語らない。日常茶飯を滔々と語る。感じたこと、気が付いたこと、憂い、腹が立つこと・・・

そう。それで伝わる思想もある。

 

一節だけ、引用をお許しいただくとすれば、「・・・ふしぎなことに、電子レンジにかけたものほど、急激に冷めるのはこの世にないのよ。今の若い人たちの恋愛をのぞいてね・・・」

 

思想は、伝わっただろうか。

 

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特集 キッチン

2020-02-15.jpgおふくろが亡くなって空き家になった実家。

たまに、ここを改装してキッチンが中心のスペースをつくったらどうなんだろ、なんて夢想したりするんだけども、そうした夢想をやけに刺激してくれる今回の特集、BRUTUSの「キッチン」。

 

いちおう、厨房男」っていうブログをやって13年と274日。

以前にも書いたけど、「厨房男」は、ジャン=フィリップ・トゥーサンの『浴室』から着想を得たもので、浴室で過ごす時間かあまりにも快適なために、浴室で生活をしはじめる『浴室』の主人公のように、厨房で過ごす時間かあまりにも愉しくて、ふだんから厨房を居場所にしてるとこから、自ら「厨房男」って名乗り、ほぼ毎日ブログを綴ってる。

 

で、そんなふうな生活をだらだらとしてたら、今回のBRUTUSの特集、「キッチン」では、ぼくに似たような、いやもっともっとガチな話がぞろぞろと出てくる。

いろんなキッチンのスタイルが取り上げられてるんだけど、やっぱりかっこいいなぁって思ったのは、田根 剛×齊藤太一の土壁とガラスと植栽に囲まれた半地下のキッチン。親子で料理に取り組んでるところが写ってるんだけど、こどもたちが踏み台にしてるのが、コルビュジェの「メゾン・デュ・ブラジル」だなんてところが泣かせる。

でも、ほんとうにいいなぁって思うのは、キッチンから生まれるライフスタイル。青豆ハウスの住民共有のピザ窯とか、料理家の細川亜衣さん夫妻のキッチンのある多目的スペース。こんなふうな話が、ぼくの妄想をむくむくと刺激してくれるんだよね。

 

それから、後半の「キッチン家電の未来とレシピ」。

ほんとうは、ことしはいわゆる料理本を多く取り上げたいと思って、先月は三浦哲哉さんの「食べたくなる本」を取り上げたわけで、今月は樋口直哉さんの著書、「新しい料理の教科書」を取り上げようと予定してたんだけど、今回のBRUTUSの特集、「キッチン」があまりにもおもしろかったもんだから、ついこっちに変更してしまったわけ。

でも、その樋口直哉さん、「キッチン家電の未来とレシピ」でひょっこりと顔を覗かせてる。

ことし、料理本を多く取り上げたいと思ったのは、最近、料理の科学がやけに気になってきたからで、そういう興味に火をつけたのがこの樋口直哉さん。で、いろんな科学的アプローチから料理の新しい地平を紹介してくれて、そのための最新の機器とレシピが取り上げられてる。

もっとも、家電のほうはずいぶんと値が張るもんだから、実用的なのはレシピのほうなんだけど、「ラムチョップのグリル、ムガールカレーソース」は似たようなアプローチでカレーを再構築したっていうこともあり、低温調理機の「牛肉の72時間調理」っていうやつも最近ずっと注目してるし(もっとも、ぼくのは去年の11月に紹介したJ・ケンジ・ロペス=アルトの「THE FOOD LAB」の簡便な低温調理だけど)、同様に「サーモンのコンフィ」もこの前試行したとおり。

 

そんなふうに今回の特集、なんだか、やけにぼくの興味の先と同じベクトル。

ま、時代がぼくに追いついた、なんて大それたことを言うつもりはない。時代が気まぐれに舵を切った先に、たまたまぼくがぼーっと佇んでただけっていう感じじゃないかな。

冒頭にも書いたように、「厨房男」っていうブログをやって13年と274日。

特集の冒頭を飾る松浦弥太郎さんの小文は、「家に帰ったら、今日はキッチンで何をしようかなと考えるとわくわくする。」と結んでるんだけど、ぼくもまいにち、相も変わらず、松浦さんと同じように、わくわくしてるんだよね。

 

 

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「食べたくなる本」

2020-01-15.jpg毎月中日あたりには本のことを書いてる。

ルールは食に関する本。

食に関する本って言っても、領域はすごく広くって、いわゆる料理本から、食文化に関する本や小説、雑誌の特集、果ては絵本まで、ぼくが読んでオモシロイなぁって思ったのを気まぐれに取り上げてる。

 

で、ことしはいわゆる料理本を多く取り上げたいと思ってる。

去年は9月、10月と本の話をアップできなくて、11月にようやく「THE FOOD LAB」について書いたんだけど、順番から行くとその前に、この「食べたくなる本」の話をアップしたかった。というのもこの本、料理本を批評した「料理本の本」だから。

 

著者は映画批評家で青学の文学部准教授なんだけど、冒頭に記されてるのを読むと、ぼくと同様、料理書に魅了されて、日々の暮らしの折々にページをめくり、取りいれられるものは食卓に取りいれるということをしてきたんだそう。

でも、偏愛する料理の本を読み、ときにはそこに載っているレシピを実際に試しつつ、考えたことはもう、遥かに深く、なかなか唸らされる。

 

取り上げられてる文献も、何割かはぼくも既読の料理本。例えば土井正晴さんや高山なおみさん、ケンタロウさん、それから、ウー・ウェン先生や玉村豊男さん、四方田犬彦さんと、ぼくも以前取り上げたことのある方々の著作が名前を連ねてる。

でも、やっぱり未読の方の話に触れると、ほんとにその本を手に取ってみたくなるような思いに駆られる。

例えば、丸元淑生さんについて。

氏は殊に丸元さんについて、ずいぶんと紙面を割き、その世間の常識に囚われることのない独創的な提案に幾度となく触れている。

たとえば「煮魚」。ふたと鍋の間が密閉される鍋(ビタクラフト社のものを強く推奨)に、うろこなどを取った魚を入れて、上から酒と少量の醤油を注ぎ、ふたをして、ひたすらごく弱火で加熱をつづける。そうすると魚からも水分が出て煮汁となる。その汁の味を醤油で調整して完成というレシピ。誰かの釣果のおすそ分けで新鮮な魚が手に入ったら、ちょっとやってみたいなぁって思ったりしてる。

さらに極めつけはアサリ二キロのスパゲッティ。この量のあさりを使うと一切の調味料を加える必要がなく、完璧に味がまとまるんだとか。まあ、貝が苦手なぼくにとって、なかなか試しようのない話なんだけど。

 

それから、細川亜衣さんの蒸したカリフラワーのピュレ。

カリフラワーは塊のまま、蒸し器から甘い香りが漂うまでひたすら蒸す。花のところが危ういくらいにぶわぶわになり、芯まで同じように柔らかくなって初めて蒸し器から取り出し、器に盛って、何の抵抗もなくつぶれてくれたら、あとは香りのよいオリーブオイルをたっぷりと混ぜ込み、粗塩で平坦でない塩味をつけるのみ。

口にした人が、必ず目を見張る料理なんだそう。

そんな料理は、そうそう生まれるものではない。この文章に初めて触れたときは、おお、とまさに脱帽する思いだったという。・・・と、細川さんのことを書いた氏の文章に触れただけでこっちも脱帽したくなるんだけどね。

 

と、いろいろ書くとネタバレも度を越してしまうので端折るけど、「スローフードーレストラン計画」や「添加物の味きき」なんて言うのも、めちゃくちゃオモシロかった。

最後にもうひとつだけ、取り上げさせていただきたいのは山形の名店、アル・ケッチァーノの奥田政行さんに触発されたくだり。

なるべく新鮮な魚介を、まず生で一切れ食べてみて、どんな香り、どんな味わいがするかを分析してみる。次に、どんな陸のものと合うか、どう加熱すればいいかを考える・・・

これなんかは全文を通して読まないと、なかなかその本意は見えてこないだろうけど、ぜひ心がけてみたいなぁって思う。

 

とまあ、料理本を批評した「食べたくなる本」。

ことしは料理本を多く取り上げたいと思ってるんで、まずはこの本を。

で、なんでこの本を去年の9月、10月にアップしなかったかというと、この本、ひょっとしたら今年の1冊に推挙するかもしれないから。

それほどオモシロかった。まあ、これを超えるオモシロイ本が出てくれば、さらにオモシロイんだけどね。

 

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本のまとめ 2019

ことしもそろそろ年末だなぁ。

毎年、年末の中日には、その年にアップした本の中から1冊を選ぶんだけど、これをすると、そろそろ年末だなぁって思うわけ。

で、ことしも。

2019-12-15.jpg

1月 「もものかんづめ」

2月 「食の社会学」

3月 「食文化入門」

4月 「百人一酒」

5月 「食をうたう」

6月 「おいしいものには理由がある」

7月 「誇り高き老女たちの食卓」

8月 「男のチャーハン道」

11月 「THE FOOD LAB」

 

ことしは9冊。

もちろん読んでるのはその倍以上だと思うんだけど、秋に更新をしそびれたんで、結局、終盤に息切れしたみたいになってしまった。まあ、でも、9冊だと画像の納まりがいいんだけどね。

でもって、この9冊、あらためて俯瞰すると3冊ずつにグルーピングできるなぁって気づいた。

まずは、1月の「もものかんづめ」と4月の「百人一酒」、それに7月の「誇り高き老女たちの食卓」。このグループは女性が著者。「もものかんづめ」はさくらももこさん、「百人一酒」は俵万智さん、それに7月の「誇り高き老女たちの食卓」は本間千枝子さんがそれぞれ著してる。

で、1冊を選べとなると、やっぱり「誇り高き老女たちの食卓」だなぁ。「もものかんづめ」も「百人一酒」もすごくおもしろかったんだけど(おもしろくない本はここに上げるつもりもない)、やっぱり本間千枝子さん。なんだかおかんと同世代のこの人の本を読むと、生前もっと話をしておいたらよかったって思ってしまう。

 

それから、次のグループが2月の「食の社会学」と3月の「食文化入門」、それに5月の「食をうたう」。このグループは学問としての食文化に関しての本。

今年のはじめ、ひょんなことからレポートを書く羽目に陥って、その関連で。

で、前2冊はなるほどアカデミックな題名なんだけど、5月の「食をうたう」は一見そんな感じには見えない。でも、この本の著者の原田信男先生、日本の食生活史研究が専門領域で、その先生が著した短歌や詩を題材とした食に関わるエッセイ。これが頗るオモシロイ。

まあ、厳密にこの本を食文化関連とするのはちょっとどうかとも思うんだけど、このグループで1冊選ぶとなると、この本だよなぁ、やっぱり。でも、「食文化入門」も、この分野の蒙を啓いてくれたんで捨てがたいんだけど・・・

 

で、最後のグループが、6月の「おいしいものには理由がある」と8月の「男のチャーハン道」、それに11月の「THE FOOD LAB。これも厳密にはそうじゃないかもしれないけど、ざっくり言えばレシピ本っていうことになるんかな。

とりわけ、「おいしいものには理由がある」は厳密にいえばレシピ本じゃないんだけども、この本の著者、樋口直哉さんは料理人でもあって、この本を通じて接した氏の思考がとても興味深く、共感するところが多かったので、ずっと注目してる。

「THE FOOD LAB」も、これから学んだ真空調理法がずっとマイブームで、推挙したいのはやまやまなんだけど、「おいしいものには理由がある」は、今後の氏からの学びに期待して、ことしの1冊に選びたいと思う。

 

というわけで、来年も良書にめぐり会えますように。

 

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THE FOOD LAB

 

2019-11-15.jpg

久しぶりに本の話。

先月も、先々月も飛ばしてしまったからね。

決して本を読んでないわけじゃなく、ただただ単純に忘れてしまってただけのこと。

それも翌日くらいに気づけば、なんとかてへぺろってするんだけど、しばらく経って、あっ、ああぁ・・・ってなるんで、もう手の施しようがない。

 

とまあ、弁解をグダグダ言っててもしょうがない。早く本題をってことで、「ザ・フード・ラボ」。たまたま覗いた和泉中央の図書館で見つけた本。

著者はJ・ケンジ・ロペス=アルトっていうアメリカの人気料理サイトの名物シェフ。ニューヨーク・タイムスは彼のことを「インターネット・クッキングのオタク王」と呼んだんだとか。

もちろん、オタク王と呼ばれるからにはそれ相応のワケがある。そのひとつがMIT出身の科学者だというところ。科学的アプローチで、幾度も行った料理実験から得られた結果を、シンプルでわかりやすい方法へとフィードバックする。

こう書けば、なんだか容易に思えるけど、その実こうした落とし込み作業っていうのはずいぶんと骨が折れるハズ。以前にも取り上げた土屋徹さんの「男の―」シリーズは、まさにそうしたプロセスをひとつのストーリーに仕立ててるわけで、ケンジのばあいはそれを見せずに、何事もなくやすやすとしているかのように振舞ってる。

 

で、お気づきの方もいるかとは思うんだけど、このあいだ試した真空調理法も彼のアイデアを転用したもの。レシピにはないんだけど、読み込めば原理はだいたい呑み込めたんで。

ただ、この本をくまなく読み込むっていうのは、図書館から借りた3週間ではちょっと難しい。なにせこの本、400ページを超えるボリュームなんで。それでも、これは原書から「卵料理」「スープ」「ステーキ」の部分をまとめただけで、半分にも満たないボリュームなんだとか。

でも、こんなふうにぼくらが疑問を挟むことなく従ってきた昔っからの調理法を見つめなおし、もっとうまくいく新たな、しかも家庭でもカンタンにできるテクニックを再構築するっていうのは、以前紹介した樋口直哉さんが進めてる方向性とよく似てる。

まあ、そういった最新の料理学っていうのは、専門機関で学べばいいのかもしれないけども、なかなかおいそれとそういう行動には移せないもんだから、こんなふうに書籍として流通するっていうのは、ほんと助かる。

もっとも、400ページを超える超えるこの本、読み残してる箇所もいっぱいあるわけで、またそのうちあらためて借りてこないといけないなぁって思ってる。6000円の本はなかなかぼくには買えないんでねぇ・・・

 

 

 

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「男のチャーハン道」

2019-08-15.jpgきのうがドライカレーだからじゃないけど、きょうは「男のチャーハン道」。このあいだから読んでる本。

ジェンダー平等が叫ばれてる中でこの題名、少し気に障るんだけども、「なぜチャーシュー抜きか」っていう一節にそれを説明するくだりが出てくる。すこし長いけど引用すると――

「チャーシューを入れなかったのは、理由がある。チャーシューには考察すべき要素がとにかく多いからだ。

 どんな豚肉の、どんな部位を使うべきか。新しい肉と熟成させた肉のどちらがいいのか。調味料として何を選び、そしてどのメーカーのものを使うべきか。国産醤油がいいのか、中国産醤油がいいのか。お酒を入れるなら日本酒か焼酎か、あるいは中国のお酒がいいのか。焼いて作るのか、煮て作るのか。使うのは鉄鍋かフライパンか、圧力鍋か、あるいはオーブンか。火力はどの程度か。炭火や直火のほうがいいのか。そもそもチャーシューではなく、細かく切った肉を炒める方式ではダメなのか。豚肉ではなく、鶏肉や牛肉のほうがおいしい可能性はないのか…。

 いま思いつくだけでも、即座にこれだけ出てくる。それだけでI冊の本になってしまう。へたをすると『男のチャーハン道』より分厚い本になるが、はたしてそれが出版社の企画会議を通るのだろうか?

 右の検討リストを見て、あきれた読者がおられるかもしれない。でも、そうした細々とした検討を『男のパスタ道』『男のハンバーグ道』ではやってきた。「まるで求道者じゃん。そんなバカなこと、男しかやらないよ」という反応が多かったので、『男の○○道』というタイトルがついた経緯がある。」

――という弁明。これだって突き詰めれば異論が出てくるようなロジックなんだけど、ここではそういう話をするのが主眼じゃなくて、あくまでもこの本の内容の感想を。

で、この引用の前段に着目すると、「男のチャーハン道」の全体像もイメージできる。つまり、こういう試行錯誤、仮設と立証を延々と繰り返し、理想とするチャーハンへと辿り着くという、そういう流れ。それを読者が追体験し、その最良のレシピが体得できる、つまりその道を究めることが――紙面の上だけども――できるってわけ。

でも、深く読めば読んだで異論もある。

そもそも前提が家庭用のコンロなんだけど、わが家はIH。でも、基本的な考え方の高温をいかに維持するかという問題に関しては、こちらのほうがすぐれてると思う。だからわが家では中華鍋じゃなくて、IHに関しては熱効率のいい平たい鉄のフライパンを使ってる。

でもって、いかに手早く混ぜるかという問題でも、鍋(フライパン)をいかにコンロから離さずに熱を維持するかという点に腐心するんだけど、IHのばあい、鍋を滑らせて引き戻すっていう動作で、フライパンをあおるっていうのと同じようなまぜ方ができる。

それからポイントは卵の投入で温度がいったんグンと下がるのをいかに回避するかなんだけど、これを筆者は水分の少ない黄身(白身も少し残す)を、2度に分けて入れることによって回避する。でも、2度に分けるのだったら、最初に卵白多めの溶きタマゴ、仕上げに卵黄多めの溶きタマゴにすれば無駄なくできるんじゃないかな・・・

 

とまあ、異論はあって、実際にいろいろと試してみるんだけど、これがなかなか愉しくって、しかも結果も上々。そういう意味では、この「男の・・・」シリーズ、毎回ずっと愛読させていただいてます。

 

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「誇り高き老女たちの食卓」

2019-07-15.jpgつれあいが、「ヘェ〜、またなんでこんな本を?」と訝しがるのも無理はないと思う。

著者の本間千枝子さんは、1933年生まれだから86歳になられてるはず。女性の歳をとやかく言うのは如何なものかとも思うんだけど、ジェンダー平等の視点から言えばそれもどうかなぁ・・・ということで続けると、ぼくからすればほぼ母と子のような世代感覚。

そうした方の話にぼくが興味を示すっていうのは、ちょっと意外なんでしょう、きっと。正直に言って、ぼく自身も少し意外かなぁと思ったりもしたんだけど。

でも、読み始めるとこれがおもしろくって、やめられないとまらない。

母と子のような世代感覚とはいえ、むろん、うちのおかんとはくらべものにならないほどハイカラなわけで、姉のマダム・ミチコの話や、アリス・ウォータースのくだりなんかは流石というしかない。

でも、半面、やっぱり随所に母世代のような感覚が滲んでるのもたしか。鮟鱇の肝酢和えをめぐっての義母や義祖母とのやりとりを描いた「あっぱればあちゃんの「敵に不足なし」」のくだりはなかなか読ませるなぁと。

それに意外にかわいいところもあったりして、愛猫、茶チビの贈り物のことに触れたくだりも、とてもすてきだなぁ。

 

まあ、何度も書くようだけど、おかんとは全く違うハイカラな女性なんだけど、久しくそうした世代の方と、じっくりとやりとりする機会っていうのがなかったもんだから、よけいにのめり込んでしまったっていうのは、少しはあるんじゃないかな。

でも、この本、やっぱり若い女性に読んでほしいな。

 

それから、これは蛇足かもしれないけど、全12編の話の合間に、6つほどのレシピ(彼女は「レサピー」って記してるんだけど)が挟まってる。

このバランスがとてもいい。そして、それぞれの内容も。ことに「この世のものでないシチュー アラン・サンドラス「古代ローマ風の豚」」はつくるのに2日かかる大作なんだとか。でも、「この世のものでない」という味わい。これはいつの日か、是非一度挑んでみたい。まあ、いつになるかは分からないけどね。

 

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「おいしいものには理由がある」

2019-06-15.jpg「おいしいものには理由がある」。

こう書くと失礼かも知らないけど、題名はけっこうベタ。

で、中身は何かっていうと、日本でつくられてるすぐれた食の素材や調味料のルポルタージュ。

著者の樋口直哉さんは、料理人であり、作家でもある。

ふつう、よくあるグルメな小説家がこういうルポを書けば、薀蓄が必ず散りばめられてて、それがいかにうまく文章に溶け込ませられてても、なんだか鼻につく。いくらグルメであっても、料理人ではないですからね。

でも、この本にはそれがない。

いや、ないというか、つとめて抑制しようとしてる。料理人だから、自前の理論を振り回すことは、たやすい。でも、それをつとめて抑制しようとしてる。だから、すごく読みやすい。

卵にはじまり、まずは納豆。で、章立ての関係か、項目には挙げられていないんだけど、途中豆腐の話が挿まれてる。これがいい。ネタバレになるから書くのは控えるけど、ここからダダダと引きこまれた、ぼくのばあい。

それから醤油。さらに鰹に昆布。

ただ、牡蠣嫌いのぼくにとって、その次の牡蠣のところは少し醒めてしまう。

まあ、仕方ないですけどね。

でも、牡蠣嫌いのぼくにとってもおいしそうだなぁってなったのは、開高健の牡蠣の描写以来。たぶん、開高健のブンガク的な筆致に比肩するほど、料理人の視線で鮮やかに料理された現場取材のチカラなんかな。

それからルポは、海苔、佃煮を経て、短角牛、鶏肉、牛乳へと向かう。

そして最後はウスターソース、マヨネーズ。これがまたいい。

この本を締めくくるにあたって、最後にマヨネーズを持ってきたのは、筆者としての思い入れに違いない。

 

先にも書いたように、樋口直哉さんは、料理人であり、作家でもある。

小説のほうは未読なので、いずれ手に取ってみたい。

でも、おそらく、この才を活かせるのはこうしたルポルタージュのほうなんじゃないかな。

じっさいにも、活動はどうやら料理人の方に力点を置いてるようで、そういうわけでぼくが図書館に予約してるのは「新しい料理の教科書」。ちょっと楽しみにしてる。

 

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「食をうたう」


2019-05-15.jpg

以前、食文化に関するレポートを書いたとき、原田信男先生にはたいへんお世話になった。

といっても、勝手に著作を読み漁り、いろいろと引用させてもらっただけのことなんだけど。

で、原田先生、日本の食生活史研究が専門領域なんだけど、大学院修士課程の頃、日本中世史の勉強に身が入らず、論文など放り出し、評論や詩集・歌集にばかり耽っていたそうで、本人知ってか知らずか、その著作からはそう言うところが滲み出てるようにも思う。

で、今回は、その原田先生が著した短歌や詩を題材とした食に関わるエッセイ。

文章って不思議なもんで、あとがきに、「おかげで、むかし読んだり集めたりした本を読み返し、この際にと思って、かつては手の出なかった詩歌関係書を、まとめて買い込んだりした。歴史の論文とは異なって、興味の赴くままに調べものをし、文章を楽しく書くという機会を毎月もてたことは幸せだった。」と書いてるんだけど、こうした愉しい雰囲気っていうのもやっぱり伝わってくる。

でも、楽しく書いてるっていう割にはその内容はすごく鋭い。本人は詩歌の単なる、しかも偏った愛好者にすぎないっていうんだけど、その内容には脱帽だわ。

 

で、先生が取り上げた数々の作家の中で、長田弘の『食卓一期一会』の冒頭には、「言葉のダシのとりかた」という詩で飾られている。

 

  かつおぶしじやない。/まず言葉をえらぶ。/太くてよく乾いた言葉をえらぶ。/はじめに言葉の表面の/カビをたわしでさっぱりと落とす。/血合いの黒い部分から、/言葉を正しく削ってゆく。/言葉が透きとおってくるまで削る。/つぎに意味をえらぶ。/厚みのある意味をえらぶ。/鍋に水を入れて強火にかけて、/意味をゆっくりと沈める。/意味を浮きあがらせないようにして/沸騰寸前サッと掬いとる。/それから削った言葉を入れる。/言葉が鍋のなかで踊りだし、/言葉のアクがぶくぶく浮いてきたら/掬ってすくって捨てる。/鍋が言葉もろともワッと沸きあがってきたら/火を止めて、あとは/黙って言葉を漉しとるのだ。/言葉の澄んだ奥行きだけがのこるだろう。/それが言葉の一番ダシだ。/言葉の本当の味だ。だが、まちがえてはいけない。/他人の言葉はダシにはつかえない。/いつでも自分の言葉をつかわねばならない。

 

この歌にはマイッタ。

 

そのあと、先生の解説が続くんだけど、詩歌に明るく、日本の食生活史研究を専門領域にしているだけあって、その面目躍如といったところ。

で、この長田弘さんには殊のほか思い入れが深いようで、巻頭にもこんなふうに引用してる。

 

 「長田弘の詩集『食卓一期一会』には、しみじみとした味わいのある作品が多く、本書にも何度か登場することになる。その「あとがき」に、彼は「食卓につくことは、じぶんの人生の席につくこと。ひとがじぶんの日日にもつ人生のテーブルが、食卓だ。かんがえてみれば、人生はつまるところ、誰と食卓を共にするかということではないだろうか」と記している。」

 

そして、「終章 逡巡の果てに」の最後にこんなふうに書かれている。

 

「これまで、詩人や歌人・俳人たちの食との関わりとこだわりを見てきたが、それらはあらためて『プレイバック』のフィリップーマーロウ風に言えば、「食べなければ、生きていられない。食べるだけでは、生きている資格がない」ということになろうか(清水俊二訳を改変)。

 このレイモンドーチャンドラーの巧みなレトリックに従えば、生きていくなかで、どのように食べていくのか、それこそが、さまざまな人生の味わいなのであろう。本書で取り上げた詩歌はそのほんの一端にすぎない。」

 

今回こんなふうに詩歌に接し、いろいろとその面白さに開眼したようにも思う。「取り上げた詩歌はそのほんの一端にすぎない」ということなんで、もう少し、この領域にも浸ってみようかなぁって思ってる。

 

 

 

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